こんにちは、ヌルです。
会計士として、大手監査法人で東証一部上場企業の監査をしてます。
のれんの会計処理について、IFRSと日本基準で違いがあるって聞くけど、どんな違いがあるの?
こんな疑問に応えます。
IFRS(国際会計基準)と日本の会計基準の間での違いは多々あります。
その中でもよく話題に上がるのが「のれん」です。
実際に経理業務をされている人や、大学で会計関連の授業を受けている人にとっては、なんとなく聞いたことがあるかもしれません。
とはいえ、会計の内容は専門用語が多いため、よくわからない点も多いのではないかと思います。
そこで、この記事では、できる限り分かりやすく、日本基準とIFRSののれんの会計処理についてまとめてみました。
のれんの会計処理について、日本基準とIFRSの違いについて興味がある方は、最後まで読んでくれると嬉しいです。
では、本編をどうぞ!
目次
のれんとは何か
本格的に説明する前に、まずは「のれんとは何ぞや?」というところから説明していきます。
のれんを専門的にいうと「M&Aなど企業を買収する際などに発生する、超過収益力」となります。
これだけだと何が何やらといった感じですので、補足していきます。
例えば、70の株式価値がある企業があったとします。
話を単純化するために、株式価値は簿価純資産法で算定した価値とします。
株式価値のイメージ

ここで、この企業の社長の気持ちを想像してほしいのです。
その社長は、70の価値がある企業を、70という価格で売却しそうでしょうか。
おそらく、売却しないことが多いです。
というのも、現在の価値は70ですが、来期の経営を順調に行えれば、来期には70以上の価値になっている可能性が高いからです。
では、70の価値に30を上乗せした100という価格でしたら、売却しそうでしょうか。
現在の価値よりも高い価格を提示されているのですから、先ほどよりは売却する可能性が高そうですよね。
このように、将来の成長やブランドを見越して上乗せした部分を「超過収益力」といい、「のれん」と呼ばれるものとなります。
のれん(超過収益力)のイメージ

日本基準におけるのれんの会計処理

それでは具体的な会計処理の説明に入っていきます。
日本基準におけるのれんの会計処理ですが「20年以内の定額法による償却」となります。
会計処理の解説
「20年以内」という規定であるため、償却年数を自由に設定できそうな感じですが、考えなしに決められるわけではありません。
買収元及び買収先の企業環境や業界、事業計画などを考慮したうえで決定する必要があります。
私の経験ですが、IT企業など動きが激しいところは5年などの比較的短めで、メーカーなど長期的な戦略に基づいた場合は10年以上の比較的長めな例を見ます。
また、固定資産で認められている償却方法である「定率法」は、のれんでは認められていません。
のれんは「定額法」一択ですので、ご注意ください。
会計基準の背景
日本基準ののれんの会計処理がこのようになっている背景として、「のれんの価値は時の経過とともに減価する」と考えているからです。
ちょっと分かりづらいですが、要は、固定資産と似たように「企業はのれんを毎年使っていて、使うごとに価値は減っている」と考えているわけです。
例えば、車を毎日使っていれば、ちゃんとメンテナンスしていても、毎日少しずつ損耗していき、いずれはガタが来て使えなくなります。
のれんも車と同じようなものと、日本基準では考えているわけです。
IFRSにおけるのれんの会計処理

一方で、IFRSでののれんの会計処理は「償却しない」という会計処理になっています。
日本基準では定期償却を求められているのと比べると、まったく異なる会計処理であることが分かります。
会計処理の解説
じゃあ、IFRSでのれんは、ずっと計上され続けるの?
こんな疑問を持つ人もいるかもしれませんが、ずっと計上され続けるわけではありません。
IFRSでは定期償却はしませんが、のれんは減損処理を行う場合があります。
そのため、のれんの資産価値が一定水準を下回った場合、減損損失を認識することとなり、のれんを減額する必要があります。
ちなみに、日本基準ののれんも減損会計は適用されます。
なので、のれんの減損処理については、日本基準とIFRSの間に大きな差はありません。
会計基準の背景
このような会計処理となっている背景としては、以下の理由がよく言われます。
IFRSにおけるのれんの会計処理の背景
- のれんの耐用年数を見積もることは通常できないこと
- のれんは費消するけれど、努力によって維持や向上もありうること
背景については代表例を記載しました。正直、様々な意見があるので、諸説ありといった感じです。
日本基準とIFRSを数値の比較してみる

理解を深めるために具体例で考えてみましょう。
前提条件
- のれんは「30」
- 日本基準では「6年で償却」
- 3年目でのれんの価値が「15」であることが判明
すると、数値の動きは以下の通りとなります。
のれんの償却・減損のイメージ

上記のイメージは3年目で一致するように調整しましたが、実務ではこのようにある時点で同じ金額になることの方がまれだと思います。
あくまで、イメージなので、ご留意ください。
ここで覚えてほしいポイントは「日本基準もIFRSも、最終的に利益へ与える金額は同じ」ということです。
極端な言い方ですが、のれんの全額はいずれかのタイミングで減額され、費用化されると僕は考えます。
日本基準の場合では「償却+減損」、IFRSでは「減損」でのれんを費用化するため、費用化のタイミングや金額はどうしても異なりますが、最後にはのれんがゼロになると考えれば、最終的な利益について、日本基準もIFRSも違いはありません。
なお、IFRSでは、理論上は永久的にのれんが減額がされない可能性はありますが、現実的にはあり得ないと僕は考えています。
日本基準とIFRSのどちらを採用すべきか

前章で、日本基準もIFRSも違いはないといった話をしましたが、実務ではそんなことはないと感じられる方も少なくないでしょう。
というのも、IFRSであればのれんの定期償却が不要であるため、短期的に見れば、日本基準よりも利益が多く計上されるためです。
そのため「のれんが多い企業はIFRSが有利!」みたいな話をちょくちょく耳にします。
なので、この章では、日本基準とIFRSのどちらを採用すべきかということを書きたいと思います。
「IFRSは日本基準に比べて、のれんの費用化を後ろ倒しにできるから、IFRSの方がいい」という人がいるので、これを例に話を進めます。
この主張は間違いではありませんが、あまり論理的ではない説明だなぁと僕は思います。
まず、前章でも説明したように、最終的に利益へ与える影響は、日本基準もIFRSも変わりません。
なので、基本的に会計基準間で有利不利という話はないはずです。
次に、「後ろ倒しにできるから良い」というのは、メリット部分しか見えていないなぁと感じます。
IFRSのようにのれんの費用化が減損のみである場合、減損する際のその金額は巨額になりがちです。
そのため、のれんの減損が発生した場合、その期に与える影響は大きく、一時的とはいえ大幅な利益減になります。
急な利益減はニュースになりがちで世間に悪い印象を与えてしまいますので、様々な悪影響が発生することが考えられます。
投資家はEBITDAなどのれんの影響を加味していない指標を使うことが多いので、のれんの会計処理というのは、投資判断にあまり影響を与えていないんじゃないかなとは思ってはいます。
一方、日本基準の場合は定期償却しているので、減損の必要が無かったり、減損を認識したとしてもIFRSよりは少額になります。
専門的な話になりますが、会計には「費用収益対応の原則」というのがあります。
その期に発生した収益と費用が同タイミングで計上すべきといった原則です。
のれんの効果は毎期発生して収益に好影響を与えているので、日本基準ののれん償却はその収益に対応した費用となっていると考えることができます。
まとめ:日本基準は「定期償却」 IFRSは「償却しない」
最後にこの記事を簡単にまとめます。
- 日本基準では、のれんは20年以内の定額法による償却が必要
- IFRSでは、のれんは償却しない
- 日本基準でもIFRSでも、のれんは減損損失の対象
- 償却と減損を合わせて考えれば、日本基準もIFRSも、のれんの会計処理が利益に与える影響は同じ
最後に余談ですが、IFRSは償却しないという話をしてきましたが、近年その見直しがディスカッションされています。
なので、近い将来、IFRSでものれん償却が始まるかもしれませんので、気になる方は動向をチェックするといいかもしれません。